小さい頃から「勉強しなさい!」「将来は立派な人になりなさい」って言われ過ぎたせいでしょうか?真逆の人として(笑)現在田舎に住んでいますが先日、中途採用で入ってきた新人社員君のハナシから高学歴の向こう側に幸せが待っているのか?っという疑問をリアルに持つようになりました。
自分自身が歳を取ってくると過去に受けた親の愛を今更ながら感じ、少しでも親孝行をしたいと考えますがなかなか思うようにはできませんよね。
この記事では先日母親の口から出た一言から考えさせられた家族のあり方について考えた事を書いてみました。
偏差値が高いと皆大学へ行く
彼の出身地は偏差値の高さで有名なあの県出身でした。そこでコミュニケーションを図るために「君の出身地は偏差値の高さで勇名だよねぇ~」って声をかけたら
「その結果皆不幸になる事を身をもって体現してみせた県ですけどね・・・」
っと、テンション下げ下げの返事が(笑)偏差値が高い分よけいに若者が東京などの大都市に出て行って帰って来ない。なので県内有数の都市も人影少なく仕事も少ない。そこで他県の都市に来て働いているのだそうです。
親が子に望むこととは
お正月に兄とともに実家を訪問していましたがその帰りがけに母が
「あぁこれでまた誰もいなくなるなぁ」
とポツリ。寂しそう・・・
実家は大きな専業農家だったので本当は息子の誰かが跡を継いで家を盛り上げればよかったんだろうけど結局誰も家を継がずに近郊の町で暮らしています。
父はパーキンソン病を患っており自力での日常生活も難しく母が介護している老々介護状態。
事情があり実家を後にするのですが母の寂しそうな顔を見るとやはり胸が苦しくなります。
同居が良いわけではないが
一口に親を安心させるために同居する・・・と言っても現実には新旧世代間がうまくいかず、2世帯住宅だったり同じ敷地内に若夫婦用の住宅を建築したりして何とかうまくやっているというのが実際の同居の現実のようです。
同じ住宅に老若一緒に暮らすとお互い逆に息苦しくなるらしいんですよね。
同じ住宅に暮らすわけではなく、それでいて何かあればスグに声をかけられる・・・そんな状態が今のところ理想的な同居になるんでしょう。しかし我が家は実家から車で1時間程度かかるので何かあってもすぐに駆けつけられるわけではないので父を介護しながら高齢になってしまった母は現状に不安を感じているようです。
どんな不安がある?
高齢になった親はどんなことに不安を感じているか?具体的に問題点を書き出してみました。
物理的な距離
自動車で1時間といえば大体距離にして50kmくらいでしょうか。コレでは何かの時にちょっと様子を見に行くという距離ではありませんし、頻繁に行くと仕事と相まって自分もだいぶ疲れます。当然両親も心配するでしょう。
コロナ
最近は田舎での感染例も多くなり、病院や介護施設など不特定多数の人間が集まりやすい施設に勤務している方やその家族などに対して一抹の不安を感じるようになりましたよね。
スーパー
田舎に一つしかない大型スーパーは地域の人皆が行きますのでコロナ感染者も当然知らずに行きます。一度スーパーで感染が確認されたらいったいどこで買い物をすればいいのか。
雪
田舎は降雪量の多い地域なのでお年寄りにとって除雪は大変な重労働です。私たちが行ける時は大いに行くんですが、適時に行けるか?っと言われれば・・・どうでしょうね。
介護労働
現在父の介護は母一人で行っていて週一度だけデイサービスに行ってます。その時だけは母も息抜きができますがふだんできない買い物などであっという間に時間は過ぎてしまいます。更にパーキンソン病の父が先に逝くとはかぎりません。もし母が倒れたら・・・
っと思うとゾッとします。
世の中は高齢者ばかり
交通誘導の仕事で街頭に立つ機会も多いですがその時思うのはなんと高齢者の多いことか・・・っということです。誰も知らないと思いますが、みな反射などの運動能力が悪かったり視力が悪かったり耳が遠かったり手足が不自由だったりする中で自動車を運転しています。
これではいつ池袋のような悲惨な交通事故が日本のどこで起きても全く不思議ではない状態といえます。政府が高齢者に対して自発的に運転免許証の返納をアナウンスするのも大いに納得できます。
しかし子供たちが傍にいない以上、高齢者が自動車の運転を止めるわけにもいかないというのが現実なんですね。そんな今の高齢者の姿はきっと近い将来の私達の姿でしょう。
高学歴じゃなきゃいけない仕事はほぼ無い
昔は
貧乏から抜け出すには勉強をして高学歴になって立派になるのが近道
として、親たちが子供達に「勉強をしろ」と強く言ったのでしょう。けれども世の中の人のほとんどが大卒になった現代では大卒そのものに大したステータスも無くなり、昔のように大卒=人生の成功者とはならなくなってきているのではないでしょうか。
ならばいっそ大都市で暮らすのではなく、留学感覚で大都市で学んだ事を生まれ故郷で生かすような感覚で郷里に戻ってきて、その知識と頭脳を大いに使った方が家族にとっても自分にとっても、納得と満足のいく人生になるかもしれませんし
世の中にそんな潮流が生まれれば私たちが高齢者と呼ばれるようになる頃には、もっと嬉し楽しい世の中になるのではないでしょうか。
なんてちょっと考えちゃいました。